2005年 01月 31日
バイトで家具をたくさんはこび文字通りボロ雑巾のようになっている所に、親しくしている家のチビどもがやってきた。わいわいがやがや、なんでチビズはかように元気なのか。お前らすこしは寒がるなりなんなりしろ。
参考:いまだに攻略ページがある(最終更新日が2004年!) といっても外で遊びたがるのではなく専らゲームである。先立ってあげたゲームボーイ・ソフトの「サガ3」がお気に召したらしいので、一昨日「サガ( 元祖)」をあげたのだった。 昔のゲームは容量のせいか作り手の心意気のせいか、とにかくナビゲーションというものが欠如している。そのせいもあってか行き詰まったらしく、わたしにこの先の進め方を聞きにきたのだった。むふふふ。そんなすぐには教えてあげない。 とりあえず正座をさせたうえで「成績はどうなのか」とか「勉強はしてるのか」とか「宿題はやったのか」とか色々聞き、よーく担任の先生のいうことを聞く旨を申し付けたうえで、進め方を教えてやることにした。 「ほら、あそこのお爺さんがいってただろ、ここをこうして、ほら」 「おおおお」 「さらに、ここをこうしちゃうと」 「ええええ」 「ちなみに、これはこうしちゃうと、ほれ」 「やややや」 てな具合にチビズのハートをわしづかみにしてやった。もちろん、来ることを予想して調べておいたのである。ぐふふふ。ばかなチビズめ。とはいえ、宅にある昔のゲームをあげまくったからか、あるいは新作を買ってもらえないからか、15年程前のゲームをやるなんてなかなか小粋なチビどもである。お前らまだ受精もしてねえよ。いまどき「サガ」をやってる小学生なんて、まちがいなく学校に1人である。見上げた根性だ。 この「サガ」、よくよく考えると非常にドープである。世界を通じてそびえ立つ「塔」があって、人々が暮らす世界は「塔」のひとつの階層という設定だ。「塔」の上には「楽園」があると信じられている。けれども、「塔」の中には強い魔物がわさわさいるので簡単には行けないのである。多くの猛者が「塔」に上っていったが、帰ってくるものはいなかった。 主人公達も、そもそもが奴隷という社会の底辺の存在であって、「楽園」を求めて「塔」を上ることを決意する。さまざまな敵と戦い、仲間と協力しながら、ただひたすらに「楽園」を目指すのだ。 しかし、最上階に「楽園」はなかった。代わりに神がいて主人公たちに「この世界自体がゲームである」という衝撃の事実を告げる。この塔、ひいては主人公達すべてが住む世界そのものが、神様の遊びのために作られた世界だったのである。神様は塔の上には「楽園」があるというデマを流し、誰がたどり着けるかを楽しみに眺めていたのだった。そのことを知った主人公達は、いままで死んでいった仲間を思い、敵を思い、神と戦うことを決意するのだ。そう、神がラスト・ボスなのである。文字通り「サガ」である。 システムも酷かった。仲間にはそれぞれハートというものが3つある。一度死ぬと(HPがゼロになると)そのハートが1つ無くなるのだ。そして、3つ無くなると成仏。二度と生き返りません。その穴はだれが埋めるのか。もちろんリクナビである。街にあるリクナビにいくと、ほいほい仲間ででてくるという仕組み。 考えてみれば酷いモノである。「救い」というものが無い。チビズにぴこぴこ教えてやっているとき、アイテム欄に「かくばくだん」を見つけたときはさすがに目を疑った。手の付けようが無い。「倫理」という言葉を知らないやつが製作していたのだろう。こんなゲームがのうのうと出ていたなんて、末恐ろしい社会であった。よりによって子供向けにだ。血がぴゅーぴゅーでるバイオハザードとかより悪影響があるだろう、だってあまりにも「現実的」だもん。末恐ろしい話である。こんなゲームを許す親の顔が見てみたい。 結局なにがいいたいかと言うと、わたしは「サガ」がとても好きだ。
by oidon-kagoshima
| 2005-01-31 16:25
| 私の愛したゲーム達
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